こちらも久々の更新となりすみません。
続きです。
縁があって銀座のBARで勤める事が決まった私。新規開店のBARで働けると意気揚々としていたのですが・・・
AZUMAはお客様に靴を脱いで頂くといった一風変わったお店、店内も真っ暗で私達従業員は暗さのあまりペンライトを常に持つ状況。
・・・。
正直びっくりしました!
20歳のころから勤めていたラメールはオーセンティックバー、AZUMAはオーセンティックとは程遠いBARでした。
店名の由来も社長自らの名前でお店にも社長の拘りが多かったのですが、自分が持つBARのイメージではなかった。
当時の株式会社黒船屋では懐石コースの夢屋銀衛が3店舗、居酒屋の黒船屋が3店舗、そして BAR AZUMAの計7店舗を銀座に展開していました。
BARという業種は初めてで、そこに私へ声を掛けて下さったのですが、会社的に大切なのはBAR以外の店舗。今思えばあまり本気には取り合ってくれないのが常でした。
服装もベストに蝶ネクタイをするのが私のイメージでしたが、黒いコック服みたいな感じで、暗い店に黒い従業員まさに忍者のような格好でした。
ここで続けられるのか!?!?
BARの理想やスタイルを気にしていた私にとって非常に働きにくい環境でした。
でも私にも意地もあった、負けたくはなかった。
自分で決めた道、責任もって前を向いて頑張ってみようじゃないかといつ頃かそんな風に思うようになって仕事をしていました。
と言っても・・・
現状はお客様が来ない。
そりゃそうですよね、私が勤めたからと言っても私にはお客様なんているわけがない。流行る理由もないすごくみじめな思いもした。
その時に協力して下さったのが系列店舗のスタッフでした。それぞれのお店のお帰りになるお客様にBARの存在を アピールしてもらい、その日のうちに足を運んでもらう。
日々その繰り返しを続けていきました。
(それがきっかけとなり今でもトチバーへ来て下さっているお客さまも沢山いらっしゃいます!)
私もBARが暇なときはレストランの洗い場を手伝ったりしていました。
つづく