栃の木日記

TOTI ni BAR WEBLOG「栃の木日記」

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2010 04

横須賀ストーリー「私のバーテンダー道」~仲間&ライバル~

 こんばんは。続きです。

 

勤めていたラ・メールはカウンター20席のみで横に長いお店でした。年中無休で営業時間はお昼の12時から23時までの通し営業。

勤務体制は早番11時から17時、遅番17時から23時半まで、通しは11時から23時半まで。早番4人遅番4人の体制で社員は宮内支配人とチーフのみ。以下見習いは皆アルバイトの契約だったのです。仕事の内容は早番はカレーのランチを14時まで営業して17時までは喫茶タイム、17時からバータイムでした。

横浜アリーナでコンサート等公演があると駅構内の飲食店は恐ろしいくらい混雑するといった現象も珍しくはなかったのを覚えています。因みにすごく印象的だったのがSMA〇のコンサート、街中いたるところでうちわを持った熱狂的なファンといったらまー素晴らしい。お昼の時間帯はラ・メールも異様な雰囲気で営業をしていました。

時給は経験年数など問わず一律800円、見習いとしては有難いくらいなのですが在籍人数が多かった為に毎日仕事に出れるかと思えば、とんでもありません連休だって多かったのです・・・。

余談ですが当時はバーテンダーという職種がすごく人気があり毎月支配人の元へ修行をしたいと望む若い人が後を絶たなかった。その時の支配人の言葉が今でも頭に焼き付いているのですが「バーテンダーになりたいやつは多くいてもバーテンダーとして生き残れるやつは一握り」とラッパの形に例えてよく話しをしていたのを今でも忘れません。

シフトは一月ごとに支配人がすべて決めていたのでいかに出勤日を増やして頂くのには個人の要望ももちろんありましたが支配人に媚びるわけでもなく普段の仕事からのアピールする事が必要でした。

もちろん厳しい世界でありましたのでお言葉通り辞めていく人間も数知れず、常に新しい人間が加わり、生き残ったライバルであり仲間の現在は横浜や都内でそれぞれお店をやっている方が多いです。

 

支配人の指導につづく

 

 

April 14, 2010 / Comment(0) / Trackback(0)

09

2010 04

今年はお祭りです♪

4月9日は諏訪大社で「御柱祭」がお昼から行われていました。

テレビで見ていたのですが何だか感動的なお祭りでしたね。

数えで7年に1度行われるお祭りで

御宮にある四隅の柱を建て替えるための神木祭だそうです。

今日はお祭りのなかで一番の「木落とし」という大行事で

柱となる大木を山の傾斜35度100メートル下へ

1000人以上の男たちで落とすという行事でした。

「諏訪の男の度胸試し」ともいわれているそうで

まさに命がけの大行事!大木につかまって無事に一緒に滑り降りれた男が

勇者となるみたいです。

生放送で見ていましたがとても迫力がありました!(^^)!

ふと7年前は私は何していたのだろう??と考えていたら・・・

トチバーの開店準備をしていたのと☆☆思い出しました(^^)

と、いうことは

今年の8月は

「栃祭り」

7周年になります♪

April 9, 2010 / Comment(0) / Trackback(0)

31

2010 03

横須賀ストーリー「私のバーテンダー道」~理想と現実のギャップ~

本当に寒暖の差が激しい月末となりました~。外の気温もそうなのですがトチの温度もアップダウンが激しいこの頃です・・・。

前作からかなり経過してしまいました、ごめんなさい。。

 

続きです

 

はれて専門学校を卒業し、その4月から新横浜にありましたバー・ラ・メールに入店いたしました。

(ラ・メールは新横浜駅構内ASTYにありましたカウンター20席のみのBARです。駅の構内ということもあり営業時間もちょっと変わっていて開店はお昼の12時から夜は23時が閉店のBARでした。現在は新横浜駅の開発に伴いお店自体がなくなっています。)

宮内支配人のもと当時バーテンダーを目指している先輩方が10名ほどかな??いたように記憶があります。その中に入って私も学生時代での経験があるから大丈夫と意気込んでおりましたが・・・

やはりそこには大きな大きな壁が待ち受けていたのです。

グラスや食器の洗い物のし方(置き方、拭き方、運び方)店の掃除の仕方、開店準備の仕方等何から何まで本当に細かいルールがあり、出来なければ先輩達にきつく叱られるほど

カクテルを作ることだけに夢中になっていた私には一番大切な事を中々理解できず本当に苦戦していました。

ん?バーテンダーって??

華やかにカクテル作って、お客さんと楽しい会話をしてばかりのイメージだった私にとって理想とのギャップにぶつかったのです。正直見習いにとっては誰の前でも目立たない地味な仕事だと・・・

 

仲間でありライバルにつづく

 

 

 

March 31, 2010 / Comment(0) / Trackback(0)

26

2010 02

師匠

こんばんは。今日はとっても春の陽気で、暖かい一日でした。

勝手にのせちゃって大丈夫かなと内心ドキドキしてますが・・・先に私の師匠を紹介したいと思いす。

 

☆ここから先の文では師匠(宮内誠氏)を支配人と呼ばせて頂きます☆

現在は横浜市の大倉山と桜木町で2件のBARを経営されています。私が弟子入りした時はもちろん現在でも横浜をこよなく愛されていて、またバーテンダーの育成におかれても素晴らしく今では数え切れないほどのお弟子さんをお持ちでいらっしゃいます。

こちらがお店 バーグローリー

とにかくお酒が好きで毎年、国内海外問わず様々な酒づくりの現場を見に行かれます。私もアメリカへバーボンの研修、スペインへシェリーの研修に同行させて頂いた事があります。若い時には借金してでもどんどん勉強しに行け!とよく言われてたのを覚えています。

仕事に対する姿勢はあり得ないくらい厳しい方で、辛くてきつい時も正直ありましたが今では本当に尊敬しています(^^)

 

shihaininn.jpg 

 

 

 

February 26, 2010 / Comment(0) / Trackback(0)

17

2010 02

横須賀ストーリー 「私のバーテンダー道」~師匠との出会い~

2月も中旬になり一段と寒さも増してきた銀座地区、今日の夜半から明日朝にかけて、また・また・雪みたいです。

 

前作の続きから

 

学生時代にこの道で生きていく決心をした私は修行のできるBARを探すことにしました。

ですが、いざお店を探すといっても当時の私にはBARの情報や人脈は皆無に等しい・・・。

途方に暮れかけたころ

私は姉の知人に会うことになったのです。

当時、帝〇ホテルにお勤めのその方は私の事を現場の上司の方に相談をしてくださり、その話がきっかけとなり当時レインボーラウンジの支配人をしていた佐藤マスターをご紹介して頂ける事が出来たのです。

本当に幸運以外何もない。

面接当日、スーツを着てホテルへ

いやー当然ですけど始めて会う時はすごく緊張しました。

佐藤マスターは非常に温厚で優しい方のイメージ、私の気持ちを伝えると「東京というより自宅から通える所を」とのご意見で新横浜にあるバーラ・メールの宮内マスターをご紹介していただきました。

数日後、宮内マスターのお店に伺いその日の内に4月からの採用を決めて頂いたのです!

本当に嬉しかった。これで念願がかなう。お店も駅の構内にあるBARとは思えないくらい素敵な所でした。

心も弾ませていたのですが、その時のマスターの印象というと・・・

正直ビビっていました。

宮内マスターは当時48歳でロマンスグレーのパンチパーマで強面。

終始、恐そうな方だなって。

 

理想と現実のギャップにつづく

 

 

 

 

 

February 17, 2010 / Comment(0) / Trackback(0)

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